fc2ブログ

〖外海の大野集落 ~ 大野教会堂へのアプローチ〗 in 長崎県長崎市

長崎県長崎市の 外海地区
外海と書いて、「そとめ」と読みます。

かつては「外海町」という町でしたが、2005年に長崎市に編入されました。
角力灘(五島灘)に面する西彼杵半島南西部の丘陵地で、角力灘に浮かぶ池島をはじめとする島嶼部も外海町の町域でした。

外海地区にはキリスト教の教会堂が3ヶ所あります。

 ☧ カトリック大野教会
 ☧ カトリック出津教会
 ☧ カトリック黒崎教会

です。

この3つの教会を中心に形成された、小さなまとまりのある集落景観が見られます。
暴風を防ぐ温じゃく石を使った石積みの家屋や道路・墓地などが残されていることが特徴的です。


西海市方面から向かいましたので、まず訪れたのは、〖大野教会堂〗


国道202号線に道標が出ていますので、それに従いますと、「上大野駐車場」という整備された駐車場がありました。
駐車場に車を停め、石畳の道を歩いて大野教会堂へと向かいます。

ここからの景色はなかなか素晴らしい
角力灘の水平線と大角力・小角力・母子島の美しい景観です

上大野町駐車場 (1)
上大野町駐車場 (1) posted by (C)furosky


駐車場にある「世界遺産 長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」より

世界遺産
長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産


「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は、キリスト教禁教による宣教師不在の中、
神道や仏教などの日本の伝統的宗教や一般社会と関わりながら信仰を続けた潜伏キリシタン
の伝統のあかしとなる遺産群である。それらは、国内に宣教師が不在となってキリシタンが
「潜伏」したきっかけや、信仰の実践と共同体の維持のためにひそかに行った様々な試み、
そして宣教師との接触により転機を迎え、「潜伏」が終わりを迎えるまでの歴史を物語る
12の構成遺産からなる。これらが長崎と天草地方の半島や離島に点在しているのは、大航海
時代にキリスト教が伝わったアジアの東端にあたる日本列島の中で、最も集中的に宣教が
行われた場所だからである。




外海の大野集落

「外海の大野集落」は、潜伏キリシタンが何を拝むことによって信仰を実践したのかを示す
4つの集落のうちの一つである。禁教期の大野集落の潜伏キリシタンは、表向きは仏教徒や
集落内の神社の氏子となり、神社に自分たちの信仰対象をひそかにまつって拝むことによって
信仰を実践した。また、この地域から多くの潜伏キリシタンが五島列島などの離島部へと
移住し、彼らの共同体が離島各地へと広がることになった。解禁後はカトリックに復帰し、
「外海の出津集落」にある出津教会堂に通っていたが、その後、大野集落の中心に教会堂を
建てたことにより、彼らの「潜伏」は終わりを迎えた。




上大野町駐車場 (2)
上大野町駐車場 (2) posted by (C)furosky

👆 このパネルには、神道の信仰を装いながら神社に自らの信仰の対象をひそかにまつっていたという大野集落の、3つの神社の位置が示されています。


では、大野教会堂まで歩いて向かいます。


上大野町駐車場 (3)
上大野町駐車場 (3) posted by (C)furosky

暴風を防ぐ温じゃく石を使った石積みが残されている事が特徴 の外海地区の景観を意識して、大野教会までのアプローチはこの石積みの遊歩道が敷かれていました。

世界遺産登録で盛り上がっている為か、周辺にはぱっと見ただけで2軒のCafeがありました。

こちらは駐車場すぐ近くの〖Cafe OZIMOC〗

外海の大野集落 ① cafe OZIMOC

石畳の歩道は観光客用に造られたものだと思うのですが、そこかしこに古い石積みの壁があり、これは昔から残っているものと思われます。

外海の大野集落 ②

外海の大野集落 ③

外海の大野集落 ④

外海の大野集落 ⑤ 生命力の強さよ・・


そして、到着


外海の大野集落 ⑥ 大野教会堂

小ぢんまりとした教会堂と、手前のマリア像が見えました。

外海の大野集落 ⑦ 大野教会堂

ここからも角力灘を眺められます。

大野教会堂 (2)
大野教会堂 (2) posted by (C)furosky


┏━┳━┓
┃福┃発┃ \ 福岡発!! 九州観光ガイド / 
┗━┻━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━



スポンサーサイト



大野教会外海外海の大野集落大野集落カトリック大野教会大野教会堂長崎市

0 Comments

Leave a comment