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糸島ウォーキング〖古代伊都国跡を巡る ③ 狐塚古墳/銭瓶塚古墳/ワレ塚古墳〗 in 糸島市三雲周辺

糸島市をウォーキング

今回も、糸島市観光協会がネットにアップしている 〖糸島を歩いて巡る とこてく糸島〗 というウォーキングガイドを参考にしました。
糸島市観光協会公式ホームページ 「いこいこ糸島」 からダウンロードできます。

今回のコースは、 〖古代伊都国跡を巡るコース〗 (約7.7km)

前回のブログ ↓↓ の続きです。
  糸島ウォーキング〖古代伊都国跡を巡る ① 平原遺跡/石ヶ崎支石墓/端山古墳/築山古墳〗
  糸島ウォーキング〖古代伊都国跡を巡る ② 伊都国歴史博物館/細石神社/三雲南小路遺跡〗


       


〖三雲南小路遺跡〗と〖井原鑓溝遺跡〗から瑞梅寺川を渡って真っすぐ進むみ、少し坂を上って高台にある住宅地の中へ。

この辺りは曽根丘陵と呼ばれ、曽根遺跡群が点在しています。
曽根遺跡群である〖狐塚古墳〗、〖銭瓶塚古墳〗、〖ワレ塚古墳〗は比較的近い場所に集まっています。

まずは 〖狐塚(きつねづか)古墳〗

狐塚古墳 (1)
狐塚古墳 (1) posted by (C)furosky

三雲・井原遺跡を望む墳丘径33m、現存高4mの大型円墳です。
墳丘周囲に幅5mほどの周壕がめぐります。

狐塚古墳 (2)
狐塚古墳 (2) posted by (C)furosky

狐塚古墳 (3)
狐塚古墳 (3) posted by (C)furosky


国指定曽根遺跡群 狐塚(きつねづか)古墳
三雲・井原遺跡を望む墳丘径33m、現存高4mを測る大型円墳です。墳丘周囲に幅5mほどの周壕がめぐります。
墳丘は3段に土を築き固めてつくられており、格段の斜面には葺石を施しています。
古墳の頂上では2基の埋葬施設が確認されました。中心となるのは1号主体部と呼ばれている横穴式石室です。わが国の横穴式石室のなかでも初期の資料として知られています。石室入口は斜め上方から入るように通路(墓道)が設けられ、大きな板石を2枚立て並べて築いた入口部(前壁)から石室に入ることができます。
石室は奥行2.60m、幅1.60mで、床を板石で仕切っており(石障)、複数の遺体を埋葬することができます。
2号主体部は小型の竪穴式石室と考えられています。石室の中から漆塗りの竪櫛が、外からは鉄矛が2本出土しました。
古墳が築かれた年代は、石室の構造から古墳時代中期(5世紀前半)と推定されます。この古墳の被葬者は怡土平野一帯を治めた首長であったと考えられます。




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続いて、〖銭瓶塚古墳〗

銭瓶塚古墳 (1)
銭瓶塚古墳 (1) posted by (C)furosky

〖狐塚古墳〗の方から向かうと、住宅地の細い路地に古墳の一部が削られているのかな??と思ったくらい、道路に密着して古墳がありました。

丁度交差点に古墳があるものですから・・・

銭瓶塚古墳 (2)
銭瓶塚古墳 (2) posted by (C)furosky


国指定曽根遺跡群 銭瓶塚古墳
銭瓶塚古墳は、標高62mの丘陵上に位置し前方部を西に向けて築かれた前方後円墳です。墳丘全体50m、後円部径37m、全方部長13m、幅28m、高さ5mを測り、周囲に掘られた幅5mほどの馬蹄型の周壕を含めると全長60m、幅50mの大きさを誇ります。
前方部の長さが後円部の直径に比べ著しく短いのが特徴で、その独特の形状から帆立貝型前方後円墳と呼ばれています。
墳丘は3段に土を築き固めてつくられており、格段の斜面には河原石を積み重ねた葺石を施しています。発掘調査の結果、クビレ部では葺石が良好な状態で残っていることがわかりました。
周壕からは円筒埴輪、朝顔形埴輪、動物形埴輪や自然石を彫ってつくられた岩偶などが出土しています。また、後円部頂上付近からは家形埴輪が発見されています。
古墳は出土した埴輪やその形態などから、5世紀後半に築かれた怡土平野の主長の墓と考えられます。



銭瓶塚古墳 (3)
銭瓶塚古墳 (3) posted by (C)furosky


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続いて、〖ワレ塚古墳〗

ワレ塚古墳 (1)
ワレ塚古墳 (1) posted by (C)furosky

ぱっと見、古墳には見えませんが・・・

ワレ塚古墳 (2)
ワレ塚古墳 (2) posted by (C)furosky

案内板が出ているので、古墳だと分かります。


国指定史跡 曽根遺跡群 ワレ塚古墳
平成16年度発掘調査の結果、墳丘部が全長42m(前方部12m、後円部30m)の帆立貝形前方後円墳であることがわかりました。墳丘は2段築盛で、円筒形や朝顔形埴輪が並んでいました。また、前方部の周壕からは馬形の形象埴輪や壺や高坏などの須恵器が出土しました。
このように、埴輪を用いた祭祀の様子がわかる資料は県内でも少なく、近畿のヤマト政権から広がったとされる古墳の受容を考えるうえで重要な資料となりました。出土遺物から5世紀末に築造されたと考えられます。




さて、糸島ウォーキング〖古代伊都国跡を巡る〗コースはこれで終了
車を停めた〖平原遺跡〗まで戻ります



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